食事と図書 雨風食堂

2025-10-21

『トピーカ・スクール』トークイベント
ありがとうございました!

8月30日(土)、本屋「文室」にて、『トピーカ・スクール』(明庭社)刊行記念トークイベントを開催しました。ほんとうに遅くなりましたが、お越しいただいた皆さま、ゲストの皆さま、改めましてありがとうございました。

左から白岩英樹さん、川野太郎さん、家田真也さん

いつもイベントの直後というのはたくさんの言葉が舞い上がっていて、ひとつひとつを捕まえて編んでいけるようになるまでに時間がかかるものですが、このイベントに関してはその言葉の数がこれまでのどのイベントよりも膨大で、こうして振り返って落ち着いて文章を書けるようになるまで、とりわけ時間がかかりました。
今でも、書けるようになった、という気はしていないのですが、いつまでも長い夏にかまけてはいられないですね。(今これを書いている10月下旬でも高知は半袖の日が続いていますが)

『ぼくらの「アメリカ論」』のトークイベントなど、日頃からお世話になっている白岩英樹さんから解説を執筆された「トピーカ・スクール」をご紹介いただいたのは、まだ夏の初めの頃だったでしょうか。ひとり出版社「明庭社」を立ち上げられた家田真也さんの船出の本、ということから勝手にイメージしたのはもう少し軽やかな本だったのですが、実際に手元に届いた本の佇まいに襟を正すとともに…正直なところ、この辺境の小さな店でお三方をお招きしてトークイベントを開催することについては、一抹の不安がありました。

人文系の本が中心でほとんど小説というものを取り扱っていない文室で、小説、それもアメリカ文学、しかも一筋縄ではいかないベン・ラーナー渾身の作ということで、果たしてここからどれだけのお客さまに届けられるかどうか。馴染みのないジャンルだけどちょっと読んでみようかな、と軽い気持ちで手を出すことも、なんとなく許されなそうな本です。

けれど美しい装丁

まずは一周読み通してみると、とても立体的で奥行きのある、入り組んだ要塞のような世界が、破綻寸前の膨大な言葉によってギリギリの美しさと秩序を保ちながら築き上げられていました。あらゆる言葉が扉であり鍵なのではないかと予感させられ、たくさんの人物の声が輪唱のように鳴り続け、連綿と続く言葉の樹海に分け入るような、タフな読書でした。まるで、複雑な世界をまるごと言葉で描写しきろうとしているようです。

この本から受ける印象のどこまでが原作者によるもので、どこからが翻訳によるものなのかが気になり、ベン・ラーナーの前作と、翻訳家の川野太郎さんの他の作品もいろいろと取り寄せて拝読してみました。当然といえば当然ですが、やはり作者や作品によって、文体から届くイメージは大きく異なります。それでも各作品に共通すると感じられる部分が、川野さんの翻訳ということなのだろうと。

白岩先生の著作も

そして、原文の手触りの残る翻訳全体から私が受け取った印象は、誠実さでした。誰かの大切なものを取り扱う時に最大限、そのものが元々持っているものを損なわないよう細心の注意を払う態度。たとえその言語の話者でない読者にとって多少理解にコストのかかる表現になったとしても(勿論そこにも意識は注がれながら)、その一文の持つ力や美しさを損なわず、かつ、作品全体を読んだ時に残る印象も可能な限り同じになるように、一語一語、真摯に向き合われている姿勢を感じました。

原文を知らないまま翻訳された文章を読むというのは、目隠しされた状態で翻訳者に手を引かれて見えない世界に入っていくようなものです。その手を信頼できたからこそ、作品の世界に没頭することができたのだと思います。

とはいえやはり気が小さいもので心配も残りましたが、蓋を開けてみてびっくり。「トピーカ・スクール」はこの小さなお店からたくさんの方の手に渡っていき、トークイベントもふたつの部屋が埋まるほど、多くの方にお越しいただきました。

作品の内容についてのお話のほか、お三方の出会いや命を削って翻訳されていた時の様子、装丁についてなど、たっぷりお話しいただきました。最後は川野さんによる朗読も!

もう一冊、今回あわせてお取り扱いさせていただいていたのが、川野さんがデザインまですべてを手がけられた散文集「百日紅と暮らす」(Este Lado)です。
こちらは「トピーカ・スクール」とは対照的な作品で、ご本人が書かれる日々の断片は、端正でありながら風通しよくのびやかな文体で、キャンディの包みを開けるように一日一日、パッと開いたところを一日分だけ味わって読む、という読み方をして楽しみました。(何度も同じページを開く時もあるのですが、何度読んでもおいしいので)
ギターのように言葉と付き合っている方なんだなぁと感じ、なんだかとても励まされる本で、まさに百日紅の頃に「百日紅と暮らす」と暮らした夏になりました。現在は当店では完売、川野さんのお手元でも品切れの状態のようですが、また増刷される日を楽しみにしています。

「トピーカ・スクール」とのコントラスト

サインものびやか

そしてなんと、今回のイベント用に参加者の皆さんへのプレゼントとして、川野さんお手製の小さな折本を持ってきてくださいました。直前までお申し込みが続き、足りなくなったので当日お店に到着されてからもハサミでちょきちょきと。この軽やかさ!

「トピーカ・スクール」の翻訳中だった一年前あたりの日記で、「土佐日記」(紀貫之の屋敷跡は雨風食堂のすぐそば)を買ってるんです!と話してくださいましたが、森田療法の森田正馬氏も高知ですね!

川野さんの日々の断片の続きはnoteで読むこともできますし、神戸の「自由港書店」さんのWebマガジン「自由港」では連作小説「波と楽器のあいだ」も連載されています。

今年の夏は「トピーカ・スクール」をフォーカスする登場人物を替えて何度も重ねて読みながら、山登り中の行動食のように「百日紅と暮らす」を読んで過ごし、トークイベント終了と一緒にひとつの季節が終わったような気持ちになりました。

ですが、白岩先生も解説で書かれているように、何度読んでも読み終えたという気にさせないのが「トピーカ・スクール」です。むしろ、読み重ねるごとに解像度が上がり、新たに気づくことも気になることも増え、読めば読むほどまた異なった景色が見えてくる、何度読んでも、何年経っても、決して消費されない力を持った本だと感じています。

イベントは終わりましたが、そこからまたそれぞれの読書がふたたび始まり、本を手に取られた方々の中でその後どんなふうに小説が続いていったのか、それぞれの「トピーカ・スクール」についても、またお店でお話を聞かせていただけたら嬉しいです。この一つの区切りが、もう一つの始まりになりますように。

イベントのために届いたお花。この中のアイビーは今も文室で育っています。

空港に行く前に海へ

石を探す川野さんと家田さん

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すべてリリースしたと思っていたのに
ポケットに入っていた石ひとつ